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清塚信也をピアニストにした母親はどんな人?幼少期からの音楽の英才教育

更新日:

369と同じママのみなさま!
お子さんに英才教育していますか?

369は英才教育はしていませんが、興味はあります。

テレビで専門分野に特化した有名人を見ていると「お母さんはどんな人なんだろう」と思うこと、ありますよね。

今回は、ピアニストにして俳優の顔も持つ34歳。

「クラシック界の貴公子」と呼ばれる清塚信也さんをピアニストに育て上げたお母さんについて調べてみました!

幼少期からの教育方法とレッスン-音楽の英才教育方法について、ご紹介します。



ピアニスト清塚信也さんプロフィール

清塚信也氏ツイッターより引用

端正な顔だちと華麗なテクニック。

ただのピアニストではなく、ビジュアルもイケてるとして「クラシック界の貴公子」と言われ注目されています。

■ピアニスト 清塚信也 (きよづか しんや)
■生年月日 1982年11月13日
■身長 160cm前後
■師匠には、セルゲイ・ドレンスキー氏、中村紘子氏、加藤伸佳氏。
■桐朋女子高等学校音楽科(共学)を首席で卒業後、桐朋学園大学のソリスト・ディプロマ・コース在学中に、モスクワ音楽院に留学。
■ショパン国際コンクールinASIA第一回優勝。

俳優デビューも。
■映画「さよならドビュッシー」で俳優デビュー
■ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」医者の役で出演
■ドラマ「コウノドリ」俳優として出演&ピアノテーマを手がけ音楽監修も担当

 

清塚信也さんは、幼い頃からピアノの英才教育を受け数々のコンクールで優勝するなど輝かしい経歴を持つピアニストです。

クラシックはもっとポピュラーであるべき!一部の専門家のためにあるべきではない!

をメッセージとして掲げていて、コンサートでは演奏の他ショパンやモーツァルトなどの面白エピソードを熱く語ったりする一面も。

母親はどんな人?幼少期から音楽の英才教育

幼少期から清塚信也さんにピアノの英才教育を施した母親の存在は、彼にとってすごく大きかったと言います。

そのスパルタ指導は半端なものではなく「異常な愛情」とも言える様子です。

ピアノ英才教育は5歳から

清塚信也さんは、日本人の父親と韓国人の母親の間に生まれました。
両親が音楽が大好きで家ではクラシック音楽がいつも流れていたそうです。

音楽を習い始めたきっかけは2歳年上のお姉さん。
お姉さんが桐朋学園の「子供のための音楽教室」でヴァイオリンを習うことになり留守番ができない清塚信也さんを、お母さんが毎回連れて行ったそうです。

それから3年間は清塚信也さん自身は音楽を習うことはありませんでしたが、お姉さんのレッスンをいつも見ているうちに、自然と絶対音感が養われたと言います。

その後5歳からピアノレッスンを始め、個人レッスンの先生がとても熱心で、2~3日に1回くらいのペースでレッスンをしていました。
人間的にも先生との相性がぴったりだったそうです。

周りの子どもたちよりも進度が早いことに優越感を感じるのが楽しくてピアノを弾いていましたが、上のクラスなれば同じようなレベルの子ども達が周りにいて、しかも女の子ばかりだったので孤独を感じていたと。

レッスンは好きじゃなかったし、練習も嫌いだった。

でも、ピアノ自体については好きとか嫌いとか考えたことはなかったそうです。

「ピアノを弾くのは呼吸をするのと同じような感覚」感情が沸き起こってくるように、曲を作ることも。

教育熱心な母親の口癖は、
今笑ってどうする、あとで笑うんだ人生は」。

清塚信也さんの母親は、学校に行けないことがあっても、勉強ができなくても、ピアノの上達だけを願い、息子にピアノの英才教育を受けさせたといいます。

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コンクールに命をかける

子供の頃から受けてきたコンクールでは、親や先生から「中学までに1位とらなきゃピアノでは食べていけない」と毎日・毎秒言われ続けてきたそうです。

初めてコンクールを受けた小学5年生のとき、「(中学卒業まで)あと5年しかない」と脅迫されている感覚があったと言います。

ピアニストにならないなら生きてなくていい。人間は死んだらずっと寝てるんだ、だから寝るな。
というのも母親の口癖でした。

学校もあまり行っておらず、小学6年生の時には「ピアノで食べていけなければ野垂死にするかもしれない」と思っていたそうです。

そのため、「毎年受けるコンクールに命がかかってる」と本気で思って練習をしていました。

「もう思い出したくもない記憶」だけど、その5年間の経験が《人生の一度しかないチャンス》という考え方を身につけたそうです。

清塚さんは現在、これらのスパルタ教育を母親の愛情が故、と振り返ります。

 

ピアノの師匠でもある中村紘子さんも清塚さんに対しこうコメントしています。

『あなたのお母様は、私の母とよく似ている。強烈な親を持って、子供は大変よね。でも、あのくらい厳しくないと、プロのピアニストは育たないの』

清塚さん自身も、毎日の練習を“嫌だ”と思いつつ、ピアノ自体の魅力は強く感じていました。

「音楽で悩んでつまずくことは多くても、人生に立ちはだかる問題のすべては音楽で解決していたと振り返ります。

結果、母親の期待に応えるようにメキメキと実力を上げ、コンクールでも賞を総なめにするほどになりました。

ちなみに、「将来プロのピアニストになる」と決めたのは小学校6年生の頃からだそうです。

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ピアノに人生をかけてきて思うこと

ただ、清塚信也さんは、「実際にコンクールで優勝しても中々幸福感は訪れなかった」と語っています。

それどころか虚無感ばかりが心に広がって。
そして18歳の時に、日本を飛び出してロシアへと留学の旅に出ます。

ここからまた色々と大冒険があったそうです。

 

音楽に関わるときは、ハーモニーにしても楽器演奏の技術にしても、そこには必ず“美の法則”が存在します。

音楽には、不協和音やヘタウマでは成立しない絶対的なものがある。

ここに、清塚さんなりの限界を感じることもあるらしいです。

「僕が芝居に憧れてしまう理由は、俳優っていうのが“なんでもあり”だからなんです。美しくなくてもいい。芝居の技術がなくてもいい。強い自分さえあれば、表現の限界を超えられるかもしれない。その可能性を感じられるところがいいんです」

子供の頃は、「この苦しみを乗り越えたら、楽園が待っているんだから、今頑張りなさい」と母親から言われ、一生懸命ピアノを練習してきたそう。

「それが、大人になって獲得した幸福は、“朝起きて一杯のコーヒーがおいしい”とか、そんな些細なことばかり(苦笑)。でも今は、それが人生なんだってわかりました。だから今度出すアルバムも、日常を彩り豊かにする手助けをしてくれそうな、聴きやすい曲ばかり集めたんです。日本人の生活の中に、もっとピアノが浸透するといいなと思って」

今あるピアニストという立ち位置に感謝しつつも、自分の思う道を進んでいるようです。

369の感想

清塚信也さんは、こうして母親から、息もつけない程の音楽のスパルタ英才教育で育ったということです。

友達と遊びに出掛けたことなんて殆どないんだって。

毎朝5時から練習を始めて、学校は途中で早退。
とにかく年に一度のコンクールが全てだ、と。

清塚信也さんは母や先生を恨んだこともあったけれど、「これくらいやらないと1番になれない」と思って頑張ったんだそうです。

これ、369が子供やらせようと思ったら無理ですね…。
まず音楽に関する知識がない。

やはり自分が音楽をやっていた経験等から「ピアノで飯を食う」という発想が現実味を持って生まれるのでしょう。

どうしても子供には、親の経験や今やっていることが影響するんですよね〜。

子供が興味持ってくれれば何でも応援したいと思いますけどね!

親が特段興味を持つ分野とか経験がないのであれば、とりあえず体験レッスンでもいいので幅広くどんどんやらせてみるしかないですね。

とりあえず子供には、いろんなものを見せたり経験させたりできたらいいな、と思った凡人の369でした。

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